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希望日本賛同議員国会発言データベース

賛同議員の国会での各会議・委員会における発言がご覧いただけます。

(議員の所属政党は、委員会等での発言時のものとしています。

また、名前の前に※印がついている議員は、以前の賛同議員です。)

発言の詳細を表示します。


議員名義家弘介(自由民主党)

2019年5月15日

委員会名文部科学委員会


「一回立ちどまって、この普通というものを、普通科というものを考えていかなければならないと我々は思っております。普通という言葉を辞書で引くとどうなっているか。ごくありふれたもの、特に変わっていないもの、一般的、平均的という、これが普通という定義です。私が教壇に立っていて一番びっくりしたのは、これは二〇〇〇年代に入ってからですけれども、ある大学で講義をしたときに、一人の学生が授業に三十分ぐらいおくれてきたんですね。出席のカードがありますから、それをとりに来たときに私は聞いたんです。何で遅刻したんだと言ったら、えっ、普通にと言ったんですよ。びっくりしましたね。おい、普通に遅刻するって一体何なんだ、そう私から問われたら、その子は、ついつい昼休みに学食で友達と盛り上がっちゃって、気づいたらこの時間になって遅刻しちゃいました、済みませんなんですね。でも、彼らは、普通に遅刻すると表現する。この普通というものの使い方が随分現代は変わってきている。例えば、普通においしい。何ですか、それは。おいしいというのは普通の上にあるわけでありまして、だからこそ、この普通の中に込められたものというものを我々は考えていかなければならないものです。とりわけ、これから時代は大きく変革して、平均的なものや普通なものは、みんなこれは人工知能により代替されちゃうわけですよ。つまり、人間にしかできないこと、その子にしかできない能力をいかに伸ばしてあげるかが、大人になる高校三年間の高校あるいは教育行政の責任だと私は思います。確かに、国語や地歴、公民、数学、理科、保健体育、芸術、外国語、家庭、情報など、さらなる学びの基礎となる知識を高校時代に習得する、あるいは、その弱いところがあったら強くしてあげるというのは大事ですけれども、やはり全教科の内申点と五教科の平均点のみをもって序列化していって、そして何となく高校に行って、そして多くの若者が、何をしたいのかわからない、将来どんなふうに生きていきたいのかわからないなんという状況になって、本当に令和の未来をつくっていけるのか。そのことを我々はしっかりと考えながら、現在の高校受験は、チャレンジではなくて選択なんです。平均評定と五教科の平均点の高い一部の生徒は、先ほども言ったとおり、積極的選択ができる。しかし、それ以外の大半の生徒は、消極的選択により進学している現状なわけです。党の教育再生実行本部では、現在の普通科については、共通認識を必要とする力を育成する教育をベースとしながらも、入学者選抜、どんな生徒に来てほしいのか、教育課程の編成、実施、どんな教育課程で、どこに力を入れて、どういう力を伸ばしていくのか、それから単位認定、さらには卒業認定の各段階で一貫した教育が行われるように、それぞれの高校にスクールポリシーの策定を義務化するという提言をまとめました。例えば、これはあくまで例示ですけれども、社会や国語は中学時代は苦手だった、暗記教科は苦手だった、しかし、理系分野やプログラミングなどコンピューター分野で突出した力を持っているという生徒がいるわけです。平均点で判断していくわけじゃなくて、突出した能力を評価して、例えば社会、国語が平均評定五段階で二だったとしても、この突出した能力を認めて入学を許可して、更にその能力を伸ばしていく。例えば、我々の提言では、サイエンス・テクノロジー科なんという類型も具体的事例として出しました。あるいは、国際教育だけではなくて、海外の大学に進学するんだ、そんな希望者を受け入れる、バカロレアも採用するようなグローバル科、あるいは、スクールポリシーに掲げた幾つもの課題について徹底的にそれぞれが探求を行っていく探求科などに分けることも考えられます。高校の消極的選択から令和の時代は脱却し、子供たちが積極的選択にかじを切る、それこそが本来のアクティブラーニングなのではないかというふうに思います。もちろん、こんな声も聞きます。まだ高校生のうちに自分の人生や強みなんてわからないだろう、これは子供と向き合っていない人の言葉です。大体、自分は文系分野が強い、理系分野が強い、うちの息子も高校一年生ですが、自分でわかっていますよ、どこに課題があって、どの分野が自分が得意なのか。そして、どの分野に関心があるのかだって本来わかっているわけで、子供と向き合いもせずに、それがわかっていないと嘆いていることの方がむしろ問題なわけでありまして、では、高校になって変わらないかといったら、それは変わります、思春期ですから。では、変わったときにどうするのか。これは進路変更をして、何度でもチャレンジすればいいじゃないですか。例えば、グローバルに行ったけれども、やはり地域人材として僕は学びたいんだといったら、全部、設置者は、公立高校であったならば単一の教育委員会なわけですから、進路が変わるときは、こういう転校手続で、この科に今度は路線変更することができるというような複線化をつくっていくことによって、より積極的に、十八歳で成人を迎える高校生たちに、みずからの判断で選んでいくという体制をつくっていけるというふうに思っております。このことについて、大臣、いかがお考えでしょうか。」


→議事録全体を見る(国立国会図書館 国会会議録検索システムが別タブで開きます)

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