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希望日本賛同議員国会発言データベース

賛同議員の国会での各会議・委員会における発言がご覧いただけます。

(議員の所属政党は、委員会等での発言時のものとしています。

また、名前の前に※印がついている議員は、以前の賛同議員です。)

羽田雄一郎先生のご訃報に接し、衷心より哀悼の意を表します。

発言の詳細を表示します。


議員名古賀雄一郎(自由民主党)

2020年3月18日

委員会名参議院 内閣委員会


「是非、一回検討していただきたいと思います。特に、最初にこの事業継続と雇用維持を条件にすると、ここがやっぱりみそであるのと、もう一つは、後で経営体力をちゃんと判断するというところがみそだと、こういうふうに思っておりますので、よろしくお願いいたします。次に、今回の新型コロナが普通のインフルエンザと決定的に違うというのは、これは、ワクチン、治療薬がないということであります。昨日、アメリカ国立衛生研究所が予防ワクチンの治験が始まったという報道がありまして、大いに期待をしたいところでありますけれども、いずれにしても、これほど世界的な混乱を招いているのもそのためと言っていいと思います。裏を返せば、今後とも新たな感染症が発生するリスクがある中、ワクチン、治療薬の研究開発体制の整備が最重要課題だというふうに思います。しかしながら、我が国において、そういった研究体制は決して進んでいるとは言えないと思います。エボラウイルスなど重篤な感染症を引き起こす病原体を取り扱うための高度な安全設備を備えた実験施設であるBSL4、バイオセーフティーレベル4施設は、一九八一年に東京都武蔵村山市の国立感染症研究所に建設されたものの、BSL4施設として感染症法に基づく厚生労働大臣の指定を受けたのは平成二十七年八月と近年の話でございます。我が国では、BSL4病原体の基礎研究はおろか、国内でその感染症が発生しても確定診断を行うことすら困難な状況にあるというわけであります。そうした中、ようやく国内二か所目のBSL4施設として、現在、長崎大学が来年の完成を目指して施設を建設中でございます。長崎は、江戸時代にも海外に開かれていたということもありまして、感染症についてもこの流行の起点になったという一方で、その予防、治療医学の普及の起点でもあったわけであります。幕末期にオランダ人医師ポンペが開設した長崎医学伝習所は現在の長崎大学医学部に受け継がれまして、戦時中から本格的に取り組まれていた感染症の研究は、一九六七年の熱帯医学研究所へと発展をいたしまして、今や長崎大学は感染症における国内外の教育研究拠点となってきております。政府は、平成二十八年二月、国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本計画を策定いたしまして、国家プロジェクトとして、BSL4施設を中核とした感染症研究拠点の形成について長崎大学の検討、調整状況等も踏まえつつ必要な支援を行うこととした、そして、同年十一月には関係閣僚会議において、文部科学省は建設及び安定的な運営のための維持管理、組織、人員体制の整備等に必要な支援を行うこととしております。そして、文科省研究振興局長の下に設置されました感染症研究の推進の在り方に関する検討会が令和元年六月に出した報告書では、長崎大学の施設運営に係る費用について、できる限り多様な資金を組み合わせるなど持続的な運営が行えるように検討を進める必要があると、こうされているところであります。やっていただいているのは私もよく理解をいたしております。しかし、この必要な支援というのは、多少なりとも霞が関文学を承知している者としてはちょっと心もとなく聞こえる表現でございますし、また、その支援も、文部科学省はという主語になっておりまして、文科省任せになりはしないのかと。あるいは、このできる限り多様な資金を組み合わせるという文言についても、ちょっと、いかにも財源をかき集めなければ持続的な運営ができないのかなと、ちょっと良からぬ心配もしてしまうところでございまして。これは、やはり日本と世界を救うための国家プロジェクトでございますから、この長崎大学のBSL4の運営について、安定的かつ十分な財源を手当てすべく政府全体で支援していただきたいと、こういうふうに思うわけでございますが、全体を取りまとめる内閣官房のお立場から、西村大臣に御答弁をいただきたいと思います。」


→議事録全体を見る(国立国会図書館 国会会議録検索システムが別タブで開きます)

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