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希望日本賛同議員国会発言データベース

賛同議員の国会での各会議・委員会における発言がご覧いただけます。

(議員の所属政党は、委員会等での発言時のものとしています。

また、名前の前に※印がついている議員は、以前の賛同議員です。)

発言の詳細を表示します。


議員名義家弘介(自由民主党)

2019年3月15日

委員会名衆議院 文部科学委員会


「千葉県野田市で今般発生した虐待事案でも、さきの幼児教育団体から聞き取った声を裏づける経緯をたどっております。最初に妻へのDVと児童への虐待の疑いが行政、学校、そして児童相談所に届けられたのは、平成二十九年七月、沖縄県糸満市で児童が暮らしていたときです。糸満市と児童の父親が家庭訪問を二度にわたり約束いたしますが、直前に父親の都合で延期をされています。そして、翌月には、父親と当該死亡した児童は、千葉県野田市に転居いたしました。児童はこうして転校することになったわけであります。また、学校のアンケートにより虐待が発覚したということがわかった二日後には、児童を更に別の小学校に転校をさせています。まさに、聴取した現場の声と同様の軌跡をたどっております。 では、連携が全くできていなかったかといえば、そうではありません。例えば、糸満市は、千葉県野田市に対して、正確にとまでは言えないものの母子健康情報の提供を行っており、結果として、児童と一歳の妹は、二十九年十月、要支援児童として野田市に登録されております。また、翌十一月六日に小学校が行ったアンケート、いじめアンケートで、少女は虐待を訴えました。一昨日の質疑でも申し上げましたが、アンケートで把握後、すぐに小学校が野田市に対して虐待通告を行ったこと、翌日、野田市職員が少女と面会し、深刻な虐待が発生している可能性があると柏児童相談所に送致したこと、少女の一時保護がこうして開始されたわけであります。ここまでは、行政として、学校として、責任ある対応がなされたというふうに思っておりますが、問題は、この後の対応、そして崩れた連携にあります。十一月から十二月にかけて、児童相談所は累次にわたりこの保護者と面談し、暮れも押し迫った十二月二十七日に、父親の親族宅で生活する、父親と一対一で面談させないなどの条件を付して、一時保護が解除されます。そして、継続指導がスタートいたします。翌年一月十二日、今度は、ここで唐突な動きがあらわれるわけですが、唐突に、少女の保護者と野田市教育委員会、小学校の協議が実施されることとなります。再度、文科省に伺います。この保護者と学校、教育委員会が行った協議とは、何について、どのような協議を行ったものと認識していますか。」


→議事録全体を見る(国立国会図書館 国会会議録検索システムが別タブで開きます)

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